AIは「先生代わり」になれるのか? 現役教諭が語る、教育現場のリアルと理想

「AI」と聞くと、どこか難しくて、自分には関係のないものに思えるかもしれません。でも今や、AIは教育の現場にも静かに入りはじめています。 そこで今回は「AI×教育」に注目、特別支援教育でのオーダーメイドの授業づくりをサポートする“授業提案AI”を開発した、教諭の黒田一之さんに話を聞きました。
黒田さんに思い切ってこんな質問をぶつけてみました。──「AIは、最高の教師になれるのでは?」
対話型AIがセンター試験で高得点を取るなど、教育のあり方そのものが揺れ動いている今、一人ひとりの子どもに合わせた授業を、AIはどう提案できるのか。そして教師は、AIとどう協働していけるのか。現場のリアルな実践から、これからの教育とAIの関係を探ります。
目次
90分かかっていた授業計画が、たった5分で。AIとつくる“オーダーメイド授業”
──黒田さんの簡単な経歴と、AIと関わるようになったきっかけを教えて頂けますか。
黒田一之氏(以下、黒田):ずっと小学校で教員をしてきました。普通学級と特別支援学級の両方を担当するなかで、限られた時間のなかで一人ひとりに合わせた授業をつくる難しさを痛感していたんです。
その後、大学院で教育とAIをテーマに研究する機会に恵まれ、「教師の負担を減らしながら、個別最適な授業をどう実現するか」を模索するようになりました。
──オーダーメイドな授業計画に使うAIとは、黒田さんが公開されている「子どもに合わせた授業を提案アシストAI(※)」のことですよね。
※プロンプトサイト『アシストAIプロンプトサイト』で提供されているものです。
黒田:(画面共有しながら)そうです。これは、Microsoft Copilot版とChatGPT版があり、あらかじめ用意されたプロンプトをコピーして貼りつけるだけで、カリキュラムづくりの対話が始まる仕組みです。現場の先生にとって、細かなプロンプトを自作するのはハードルが高いので、できるだけ簡単に使えるよう工夫しています。
このAIは、発達年齢や好きなことなどを入力すると、それに応じた授業アイデアを返してくれます。たとえば「8歳・野球が好き・割り算の学習」と入力すると、野球を題材にした割り算の授業を提案してくれるんです。
先生が子どものことをいちばんよく知っているからこそ、その情報をもとにAIと対話することで、一人ひとりに合った授業をつくることができる。これまで1〜2時間かけていた授業計画も、たたき台であれば数分で完成するようになりました。
“AIに何を聞けばいいか分からない”からの一歩。先生たちが踏み出すAI研修
──授業提案アシストAIはプロンプトを入力しなくても使えるようになっていますが、先生方はプロンプトエンジニアリングのどんな部分を難しく感じていたのでしょうか。
黒田:そもそも「AIに何を聞いたらいいのか分からない」という先生が多かったんです。だからこそ、最初の研修がとても重要だと感じています。初期の研修では、AIにまったく触れたことがない先生たちにも「とにかく一度、試してもらうこと」を大切にしています。
──たしかに「プロンプト」と聞くだけで、ちょっと身構えてしまう先生も多そうです。
黒田:ええ。でも実際には、先生全員がプロンプトエンジニアリングを習得する必要はないと思っています。
たとえば、AIの出力の元になる複雑なプロンプトの設計は校内や教育委員会に1人いれば十分。現場の先生たちは「子どもに合わせて何を入力すればよいか」を考えることに専念できればいいんです。
そのうえで大事なのは、AIがどういう前提や方針で授業を提案しているのかを、先生自身が理解しておくこと。授業提案AIが意図しているのは、「発達段階に合った提案」や「多感覚的な学習体験の設計」など、教師の専門性を補う視点です。どのような指針で提案が生成されているかを知れば、AIとの対話の精度もぐっと上がっていきます。
AIに相談すれば授業はうまくいく?鵜呑みにしていいの?
──黒田さんは、教育現場におけるAI活用の研究として、授業提案アシストAIを先生方に実際に使ってもらい、その効果をまとめた論文を発表されています。現場の反応はいかがでしたか?
黒田:5人の先生に使ってもらい、さまざまな観点から評価をしてもらったのですが、もっとも効果が高いと感じられたのは「新しい知識や発想の視点を得られた」という点でした。AIは、先生にとって“授業コンサルタント”のような役割を果たしてくれるんです。
たとえば、知的発達の度合いが異なる子どもたちがグループワークをする際、AIに相談したところ「KJ法(※)」の活用を提案してくれました。それを実際に授業に取り入れた先生からは、「話し合いがスムーズに進み、とてもよい反応があった」との声がありました。
※KJ法とは、文化人類学者・川喜田二郎さんが考えたアイデア整理の方法です。紙に書いた情報をグループに分けて並べていくことで、話し合いや考えの整理がしやすくなります。
──逆に、AI活用における課題や懸念も見えてきた部分があれば教えてください。
黒田:やはり一部の先生からは、「AIに頼りすぎてしまうのではないか」という声もありました。たしかに、AIと対話すれば立派な授業計画がすぐに出力されます。でも本来は、それをベースにして、子ども一人ひとりに合わせてカスタマイズする必要があるんですよね。
大切なのは、AIが出した案を“そのまま使う”のではなく、それを元に授業としてどう届けるかを考えること。つまり、AIをうまく活用するには、教師自身の授業力やプレゼン力が欠かせません。AIを鵜呑みにしてしまうと、結果として「授業計画は立派だけど、伝わらない授業」になってしまうかもしれない。そこは意識しておくべき点だと思います。
理想は“ミニドラえもん”。子どもに寄りそうAIと、これからの教師像
──2025年にはAIエージェントなど新たな技術も登場し、生成AIはますます進化を続けています。こうした変化は、教育にどのような影響を与えるとお考えですか?
黒田:私の理想は、AIが“ミニドラえもん”のような存在になることです。有料版のChatGPTには「Advanced Voice Mode」という機能があり、カメラで写したものをAIが認識して、説明してくれるんです。この機能を使えば、たとえば市役所から届いた難しい文書もAIが読み上げてわかりやすく教えてくれたり、文字を読むのが苦手な子どもでも内容を理解できるようになります。
こうしてAIをうまく使えば、子どもたちは一人ではアクセスできなかった情報にも触れられるようになります。そして、もしAIがドラえもんのように子どもに寄りそい、必要なときに助けてくれる存在になれたら——本人たちがより「自分らしい生き方」を選べるようになると思うんです。
──そんな未来が訪れたとき、教師にはどんな役割が求められるのでしょうか。
黒田:AI時代に求められるのは、知識量ではなく人間性やその人らしさだと思います。知識で勝負するなら、もうAIにはかないません。でも、誰かと一緒にいて心地よいと感じたり、人と人とをつなげたり、感動を共有したり——そうした“人間ならではの力”が、教師の新たな専門性になると思っています。
IQの高さではなく、EQの高さが問われる時代になる。AIが進化するほど、教師には「人としての豊かさ」が求められるのではないでしょうか。
(記事執筆:吉本幸記)
記事を書いた人

フリーランスライター
吉本幸記
『AI白書2022』『AI白書2023』に執筆協力。現代アート系の美術展を鑑賞するのが趣味。クリエイティブAIに関する記事を多数執筆している。