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  • 有識者インタビュー

【フロントランナーに聞く:03】“企業のAI導入の請負人”が答える「なぜあなたの会社にはAIが根付かないのか?」

「AI」と聞くと、どこか難しくてとっつきにくい印象を抱く人も多いかもしれません。ですが、AIは私達の日常の様々な分野で応用されています。そこで今回は「AI x DX」に注目。業務用の生成AIアプリを開発し、大企業や地方自治体のAI導入を推進する元衆議院議員の村井宗明氏に、こんな質問をぶつけてみました。

大企業にAIを根付かせる秘策ってありませんか??

目下、企業内の生成AIの利用率では日本は世界から遅れています。こうした状況下で、村井氏が「誰でも使える」と豪語する生成AIツールは大きな可能性を秘めているのかもしれません。その背景となるアイデアや、大企業にAIを導入する上での注意点について尋ねました。

インターネットやスマホは、簡単な操作で使えるようになったことで普及しました。同じことは、生成AIでも起こるのでしょうか。「生成AIアプリによるDX」の現在時点を探ります。

1週間の書類作業が2時間に。プロンプト入力をフォーム入力に変えて感じた「手応え」

ーー村井さんは”企業のDX”を中心に活動していますが、生成AIに注目されるようになったきっかけを教えてください

村井宗明氏(以下、村井):私は企業のDXに関わっていますが、国会議員だった経歴があるので、むしろ自治体や役所のDX案件が多いです。

最初に生成AIに関わったのは、大手メッセージングアプリ運営企業で独自の日本語AIを開発していた時でした。当時は、日本語であればアメリカ製の言語AIに勝てると考えていましたが、ChatGPTが登場したことで、そうした考えは覆されました。それ以降は、LLM(※1)を活用して生成AIアプリを開発することに方向転換しました。

(※1)LLMとは、Large Language Model(大規模言語モデル)の略称。ChatGPT以降の言語AIは、学習データが大量であったり、演算時に使われるパラメーターと呼ばれる数値を大量に使うことから、「大規模」という形容詞が付けられた。この用語の詳細は、コラム記事「(コラム記事のタイトルとリンクを挿入)」を参照のこと。

ーー村井さんが開発したアプリには、役所向けの「AIマサルくん」や旅行会社などの民間企業向けに開発された「入札マスターよしこさん」などがあります。これらのアプリは、どういうところが特徴なのでしょうか?

村井:複雑なプロンプトがいらない、という点が特徴的です。例えば観光補助金の申請ツールを見てみましょう。観光庁からはインバウンド補助金が総額80億円の予算が組まれていますが、その補助金の申請には大掛かりな書類の提出が必要になります。

ですが、この観光補助金の申請支援ツール(下図参照)を使えば、ユーザーが申請書作成に必要な情報をフォームに入力するだけで、1万文字近くの書類の作成が自動で行われます。これまでは1週間以上かかっていた書類業務が、出力に必要な時間はせいぜい5分、申請手続きの完了まで2時間もあれば終わるようになりました。

実際に操作するのが手っ取り早いかもしれません。例えば自治体名と事業内容とサービス内容と申請予算を入力するだけ(下図参照)です。こうしたツールを農協や各自治体にカスタマイズして開発しているんです。

村井氏の開発した生成AIツールを活用したアプリ。アンケートに答えるような簡単な操作で書類仕事を大幅に効率化できる。

ーーフォーム入力によって出力されるのは便利ですね。どういう仕組なんでしょうか?

アプリ内では、多数のLLMが入力情報にもとづいて文章生成やインターネット検索を行っています。処理時間を短縮するために、多数のLLMを並列的に実行しています。

役所で作成する1万字を超えるような文書には、大量のプロンプトやRAG(※2)が必要になります。これらをユーザーに見えないようにして、実行しています。使っている人は「AIを操作している」という感覚もないほどです。こうした仕組みによって、簡単なフォーム入力で文書が作成できるのです。

(※2)RAGとは、「Retrieval-Augmented Generation(検索拡張生成)」の略称でLLMによる情報処理技法のひとつ。企業がインターネットに公開していない文書のような、LLMが学習していないデータを参照する技法である。

マジョリティ層にフレンドリーな生成AIアプリ作り

ーー村井さんが開発したフォーム入力式の生成AIアプリを導入した時の、現場の反応はどのようなものでしたか。

村井:フォーム入力式を採用することで、現場の多くの人に使ってもらえるようになりました。生成AIアプリ導入前にプロンプトエンジニアリング講座を開催したのですが、多くの人はあまり興味を示しませんでした。やはり大半の人にとって、プロンプトエンジニアリングは難しい技術だったのです。

生成AIをはじめとしたすべてのイノベーション全般に言えることですが、ユーザー全体の16%を占めるアーリーアダプター層は、扱いが難しい技術であっても使いこなします。しかし、68%のマジョリティ層が使えるようにならないと、イノベーションは普及しません。生成AIでは、プロンプトエンジニアリングが使えるのは、アーリーアダプター層に限られているのです。

そこでマジョリティ層にも使ってもらえるようにするために、プロンプト入力の代わりにフォーム入力にして、プロンプトエンジニアリングのスキルを不要にしました。こうすることで、例えば「AIマサルくん」は多くの自治体で活用されるようになりました。

大企業や自治体での業務は「定型性」「正確性」「反復性」が特徴です。似たような作業を何度も正しく繰り返すことが多いので、AIとは相性がいいんです。すでにこのツールは、毎月15万回以上の利用回数にも達しています。

企業文化を反映したRAGの整備が、生成AIアプリの性能を左右する

ーー村井さんが開発した生成AIアプリでは、プロンプトをアプリに組み込むことでユーザーがプロンプトを入力しなくてもよい仕組みとなっています。こうした”埋め込みプロンプト”の内容は、どのように定義しているのですか。

村井:高品質な出力を実現するには、実はプロンプトよりRAGが重要だと思っています。例えば、東武鉄道沿線に強い旅行会社の旅行案内資料を生成するアプリを開発する場合、資料のひな形となるのはその会社の過去の資料となります。こうした会社の資料をRAGとして組み込んで、LLMで検索できるようにすれば、精度の高い資料が出力できるようになります。

プロンプトについては、開発側が、ユーザーの入力情報とLLMやRAGがうまく連携するように書けばよいわけです。

ーー「LLMとRAGの連携が重要」であれば、RAGを作成する際にどのような情報を収集するのか、が大事になるのでしょうか。

村井:その通りです。生成AIアプリが中小企業に普及するためには、企業が保管している情報をAIがRAGとして参照できるようになる必要があります。2025年2月にソフトバンクとOpenAIが提携して、企業ごとにカスタマイズされたAI「クリスタル・インテリジェンス」を開発・販売する、と発表しましたが、この発表を知って、私の考えと同じだと思いました。

結局、企業で前例のない新規業務を担当するのは、アーリーアダプター層に相当する16%の社員であり、こうした社員は前例がなくても新しい業務のひな形を作ります。対してマジョリティ層の68%の社員は、前例にならった仕事をします。マジョリティ層の仕事を生成AIで業務効率化するには、前例を収集したRAGを用意すればいいのです。

生成AI時代の企業の競争力は、高品質なRAGを実装できるかにかかっていると思います。よいRAGを用意できれば、LLMが高品質な成果物を出力できるようになるのです。

AIエージェントの普及には、API連携が不可欠

ーー村井さんが注目している日本における生成AIを活用したDX事例を教えてください。

村井:先ほども話したソフトバンクとOpenAIが提携して推進するクリスタル・インテリジェンスです。この事業によって、日本の中小企業に一気に生成AIが普及すると思います。

昨年8月に帝国データバンクが発表したところによると、生成AIを活用している日本企業はまだ約17%に過ぎません。この数値は、アーリーアダプター層にあたる企業が生成AIを導入したことを意味しています。今後はマジョリティ層の企業をターゲットとして、生成AI導入を進めることになります。こうした潮目が変わる時に、企業ごとにRAGを整備して、簡単な入力で使えるようにすれば、多くの企業で生成AIが普及するでしょう。

ーー2025年における生成AIのトレンドとして、AIエージェントの台頭があります。AIエージェントに関する村井さんの考えを教えて頂けますか。

村井:ある省庁からのXのポストを投稿するAIエージェントをすでに開発しています。Xと連携するAIエージェントが開発できたのは、XがAPIを公開していたからでした。GmailやGoogleカレンダーとの連携も成功しました。

独自のAPIを使っているような内製のメーラーとAIエージェントの連携は、うまく行きませんでした。今後AIエージェントが普及するためには、GmailのようなAPIを公開しているアプリを採用したうえで、そうしたアプリとAIエージェントが連携する体制を作る必要があると感じています。

AIエージェントの普及に伴って、APIを公開しているプラットフォーマーがさらに強くなる可能性があります。あるいは、今までAPIを公開していなかった企業がAPIを公開するようになるでしょう。

(記事執筆:吉本幸記

記事を書いた人

フリーランスライター

吉本幸記

『AI白書2022』『AI白書2023』に執筆協力。現代アート系の美術展を鑑賞するのが趣味。クリエイティブAIに関する記事を多数執筆している。