【フロントランナーに聞く:02】AIが描く“コーナーキックの理想形”、リバプールFCも採用する最新テクノロジーの全貌

「AI」と聞くと、どこか難しくてとっつきにくい印象を抱く人も多いかもしれません。ですが、AIは私達の日常の様々な分野で応用されています。記事の前編では、AIを活用してスポーツを数理的に解析する”AIスポーツ解析”を研究する名古屋大学大学院情報学研究科の藤井慶輔准教授にインタビューしました。
藤井准教授の研究領域では、サッカーの戦術にAIを応用し、「将来的には名将・モウリーニョを超えるかもしれない」と「AI×スポーツ」の可能性を指摘していました。
後編では、藤井准教授の指摘を深堀りつつ、海外や他のスポーツで、どこまでAI活用は進んでいるのか、現状を解説します。
目次
プレイデータは公開すべきか、秘密にすべきか。AIスポーツ解析が抱えるジレンマ
AIによるスポーツ解析には多くの課題が山積みです。藤井准教授によれば(note記事参照)、AIスポーツ解析が乗り越えるべき課題は3つあります。
1つめの課題は、スポーツに関するデータにアクセスするのが依然として難しいことです。例えばサッカーのプレイデータは、現状ではAIによる自動収集が実現できておらず、一部の資金力のあるリーグが人手を掛けてデータを取得しているのが現状です。そのため、高価格で販売されており、多くの人が使えない状況にあります。プレイデータを公開することでライバルチームに研究され、攻略される可能性があることから、秘匿されていると思われるかもしれませんが、実際は映像やデータの権利上の問題からオープンアクセス化されにくいのだと思われます。
2つめは、スポーツ選手のプレイを再現するAIの開発が難しいことです。AIスポーツ解析の研究課題のひとつとして、将棋AIのように選手をシミュレーションするAIの開発があります。ただ、当たり前ですが、スポーツ選手は将棋の駒とは異なり、身体的な特徴が異なります。背が高い選手や足が速い選手、状況判断が上手な選手やボールを扱うのが得意な選手など、様々な特徴の選手がフィールドに配置されています。一定の動きをする将棋の駒のようにはうまく行かないのが課題でした。
ただし、2については徐々に解析が進んでいます。目下、藤井准教授の研究チームはボールを受けたときの「選手の姿勢」までデータとして収集し、解析を始めています。例えば前を向いた状態でボールを得たのか、ゴールに背を向けていたのかによって、次の動きは変わってきます。藤井准教授は「従来は”点”だった選手が”棒人間”くらいになるようにデータが収集できています」と指摘します。
3つめは、AIスポーツ解析の研究者不足です。AI研究者とスポーツ科学研究者はともに非常に多いのですが、AIスポーツ解析研究に不可欠な双方の分野に精通した研究者は極めて少ないのが現状です。
リバプールFCやFCバルセロナも活用。研究と普及が進むAI駆動型サッカーテクノロジー
海外に目を向ければ、イングランド・プレミアリーグの強豪チームであるリバプールFCは、4年前からGoogle傘下のAI研究機関DeepMindと共同してAIによる戦術分析を行っています。2024年3月にはコーナーキック時の戦術を分析する「TacticAI」を発表しました。
TacticAIは、コーナーキックにおける攻撃側選手の動きの予測と、その予測にもとづいた防御側選手に推奨される動きを生成します。選手の配置が異なる50のシーンに関して、同AIが生成した推奨の動きをリバプールFCのサッカー戦術専門家に評価してもらったところ、90%にあたる45のシーンにおいて”好ましい戦術”と判定されました。つまり、コーナーキックというセットプレイにおいてはAI監督が、専門家レベルの解を出しつつあるといえます。
上の画像はTacticAIを解説したもの。(A)はコーナーキック時の各選手の初期位置を示しており、赤点が攻撃側選手、青点が防御側選手。(B)は実際のコーナーキック時の各選手の動き、(D)における水色の点は同AIが提案した防御側選手の動きを示している。(C)は攻撃側選手のパスを受ける確率に関して、(B)と(C)で比較したグラフ。(C)ではゴールから最も離れている攻撃側選手①以外の攻撃側選手のパスの確率が減少している。
(画像出典)https://deepmind.google/discover/blog/tacticai-ai-assistant-for-football-tactics/
メッシやネイマールなど世界的スターが所属していた世界最強クラブ「FCバルセロナ」もユニークな取り組みを始めています。テクノロジーによるスポーツのイノベーションを目的としてBarça Innovation Hubを設立し、企業と共同研究を行っています。2024年3月にはウェアラブルデバイスメーカーのOLIVER Sportsと共同して、トラッキングデバイス「バルサ GPS トラッカー」を発表しました。
AIを搭載した、FCバルセロナ専用のオリジナルデバイスは、装着した選手の走行距離や走行速度、パスやドリブルの強度といったプレイデータを収集します。収集されたデータにもとづいて怪我のリスクを算出し、プレイ頻度や練習スケジュールを提案します。FCバルセロナは、同デバイスを下部組織のラ・マシアの選手に使用しています。こうした詳細なプレイデータが集約されれば、先程の「課題2」にあげられていた「棒人間」の選手に、足の速さやスタミナなど、個々の選手ステータスをサッカーゲームのように搭載することで、選手たちの動きをAIがさらに精緻にシュミレートすることが可能になるかもしれません。
競歩にAI審判を使うと違反続出?AI審判を活用する是非
藤井准教授の研究室では、サッカーやバスケットボールのような対戦型チームスポーツのほかにも、フィギュアスケートや競歩のような個人種目を研究している学生がいます。こうした学生は、プレイの出来映えを評価する方法や、ルールに違反していないかどうかを判定するAI審判について研究しています。
毎日新聞が2022年12月5日に公開した記事によると、藤井准教授と同じ名古屋大大学院情報学研究科に所属していた、当時博士前期課程1年生の鈴木智大さんは、同年10月に大阪で開催されたアメリカ電気電子学会(IEEE)の消費者用電子機器分野に関する国際学会で、スマホカメラによる競歩の反則判定に関する研究で学生部門の金賞に輝きました。この研究では、鈴木さん自身が日本選手権に出場できるほどの競歩の選手である経験が生かされていました。
藤井准教授の話によると、競歩では両方の足が地面から離れると反則なのですが、人間の審判ではわからないものも、高性能なカメラを活用すると、しばしば反則と判定される画像が撮影される可能性があるということです。もしかしたらAI審判を導入することで競歩の記録は下がってしまうかもしれません。こうした状況で安易にAI審判を導入すると、競歩という競技の在り方そのものが一変してしまう懸念があります。
AI審判については賛否両論を呼んでいます。AI審判のメリットとして選手に対するバイアス(偏見)を排した公平なジャッジや、動画などの客観的な証拠にもとづいたジャッジができることを挙げています。
無論、AI審判にも苦手分野はあります。藤井准教授によると、芸術点のある競技、柔道のように常に接触している競技、サッカーなどで少しの接触でオーバーリアクション(演技)で倒れた時のファール判定があります。このように苦手な判定があるため、様々なスポーツでAI審判を導入するのは、まだ技術的に難しいのが現状です。
近い未来に、AIスポーツ解析が進化すると、将棋AIが将棋観戦の在り方を変えたように、スポーツ観戦は、より魅力的なものになるかもしれません。また、高度なAI審判が導入されれば、誤審が減ることで選手と観戦者の両方の不満が少なくなることでしょう。
ただ、こう思う人もいるかもしれません。戦術提案AIに頼り過ぎた結果、選手がAIの指示に従うだけの駒となって創造性が失われてしまっては、スポーツの魅力が色褪せてしまうのではないでしょうか?それに対して藤井准教授は、「そのスポーツのAIに対する向き合い方次第でしょう」と答えます。
AIを使わずとも、年々スポーツの競技レベルは高度化し、記録を破る選手は続々と生まれます。AIはそれを加速する装置とみなせれば、選手のプレイを観戦する私たちにとってポジティブな効果をもたらすでしょう。競技の性質が変化してしまう面は否定できませんが、AIに頼りすぎる選手が勝つというよりは(その場合は面白くないので、ルールの規制が入りそうです)、AIをうまく使った選手が勝つような形が予想され、その場合は新たな創造性が見られることが期待できます(例えば将棋とAIの関係はそのようになっていると思います)。
また、AI審判の導入を推進するためには、人間の審判とAI審判のジャッジが異なった場合、どちらの判定を採用するのか、というルールの問題を解決しなければなりません。このようにスポーツにおけるAI活用には課題が山積していますが、こうした課題を1つずつ克服しようとするスポーツとAIへの関わり方が、今後ますます重要になっていくことでしょう。
(記事執筆:吉本幸記)
記事を書いた人

フリーランスライター
吉本幸記
『AI白書2022』『AI白書2023』に執筆協力。現代アート系の美術展を鑑賞するのが趣味。クリエイティブAIに関する記事を多数執筆している。