【フロントランナーに聞く:01】AIはペップ、モウリーニョを超える究極のサッカー戦術を描けるのか

「AI」と聞くと、どこか難しくてとっつきにくい印象を抱く人も多いかもしれません。ですが、AIは私達の日常の様々な分野で応用されています。そこで今回は「AI×スポーツ」に着目。AIによる、スポーツの解析を研究している名古屋大学大学院情報学研究科の藤井慶輔准教授に、こんな素朴な疑問をぶつけてみました。
「AIにサッカーの監督をやらせたら、名将・モウリーニョや知将・グアルディオラを超えるんですか?」
将棋や囲碁の世界にAIが持ち込まれて、今では多くの棋士たちを下すまでに成長しています。同じことはサッカーでも起こるのでしょうか。「AIスポーツ解析」の現在地点を探ります。
目次
AIスポーツ解析における3つの課題
――まず研究内容について、その概要を教えて頂けますか。
藤井慶輔准教授(以下、藤井):簡単に言えば、スポーツAIを発展させ、誰もが利用できるようにするための研究をしています。イメージとしては、現在成功を収めている将棋AIに相当するものをスポーツにおいて実現しようとしています(以下のスライド画像参照)。将棋AIによって指し手の予測と評価が可能になったように、スポーツにおけるプレイの予測と評価ができるAIの実現を目指しています。
AIスポーツ解析の課題は、3つあります。1つ目は、プレイデータの収集です。現状ではプレイデータの収集を人手に頼っているところが多いため、なかなか大量のデータを収集できません。この作業をAIによって効率化できれば、大量のプレイデータを整備できるようになります。そうなれば、自然言語処理や画像認識のようなAIが大きく発展した分野と同じような進化が、AIスポーツ解析にも期待できます。
2つ目は、プレイの予測と評価です。プレイの予測ができるようになると、次に起こるプレイが何であるかわかるようになります。そして、複数のプレイが予測できる場合、それらの優劣を評価できるようになれば、「良いプレイ」と「悪いプレイ」が客観的に提示できるようになるのです(こちらのnote記事参照)。
3つ目は、サッカーコート内の全プレイヤーをAIによってモデル化したうえで、そのプレイを評価することです。例えばGoogleが提供しているGoogle Research Footballを活用して、リアルに存在するプレイヤーのデータをサッカーゲームにおけるプレイデータのように変換したうえで、ゴールにつながるプレイをしているかどうかを評価します。
――サッカー戦術を数値的に評価する方法には、どんなものがあるのでしょうか。
藤井:上記のAIによるサッカー戦術を数値的に評価する方法に加えて、より理解しやすい方法として、スペースを評価するものがあります。この方法は、ある試合の状況における得点確率をプレイヤーのポジションなどから計算します。これまでは選手や監督の主観によって、判断されていましたが、この方法によって、サッカーコートのどのスペースにパスを出せば得点につながるかを数値的に評価できます。
撮影技術の進展とスポーツ画像認識の難しさ
――ドローンによる上空からのサッカーコートの撮影は、AIによるサッカー解析のブレイクスルーとなったのでしょうか。
藤井:計測方法としては、上空から選手の重なりがなく俯瞰して見れるようになったため、大きなブレイクスルーになったと思います(私たちも公開しています)。ただ、実用的にはいくつかの課題があります。例えば電池の問題で継続飛行時間が短いという課題や、ドローンのオペレーターが必要だったり、撮影には許可が必要な場合があったりと、現状は様々な観点からの難しさがあり、使える人は一部に限られています。
最近ではスマホのカメラの性能が向上して4K画質の撮影ができるようになったので、室内スポーツのチーム練習などではスマホによる撮影が行われています。更に最近では、放送映像のようにボール周辺を自動で追いかけるAI搭載カメラを使う方法も徐々に広まってきています。
――さきほど挙げられたAIスポーツ解析における3つの課題は、近い将来、克服されるのしょうか。
藤井:1つめの課題であるAIによるプレイデータの収集に限って言っても、完全解決にはまだ至っていません。お見せするスライドは、AIによるプレイヤーの位置の推定を「predictions」、実際のプレイヤーの位置を「groud truth」と表記したものです。このスライドを見たらわかるように、predictionsはだいたい合っているのですが、時折AIが位置を失ったりするので、実際の試合の細かい戦術の分析に使えるレベルには達していません。
――サッカーにおける位置推定が難しいのは、コート画面上でプレイヤーが重なったりするからなのでしょうか。
藤井:プレイヤーの重なりも、位置推定が難しくなる原因のひとつです。サッカーはプレイヤーどうしの距離が保たれているスポーツなので、相対的には位置推定が簡単とも言えます。例えばプレイヤーが激しく接触するラグビーは、位置推定が難しいスポーツです。
サッカーにおける位置推定が難しい原因には、プレイヤーが画面に対して小さく表示されたり、同じ色だが背番号だけが違うユニフォームを判別する難しさがあったりします。スポーツに特化した学習用画像データセットが整備されていないことも、スポーツを対象とした画像認識がなかなか進展しない原因です。
AIの予想を超えるネイマールのプレイ
――ネイマールのプレイを解析するためにバルセロナまで取材協力として計測に行ったことがある、とのことですが、南米の選手は時にセオリーから外れたトリッキーなプレイをします。「遊び心」があるネイマールのプレイをAIは予測できるのでしょうか。
藤井:現在研究しているプレイ予測はデータにもとづいたものなので、多くのゲームで見られるような一般的なプレイを予測します。しかし、ネイマールのような突出した選手は、一般的なプレイヤーが選択しないプレイを実行できてしまうので、予測から大きく外れてしまいます。例えばネイマールが3人に囲まれていた時に、AIによるプレイ予測ではパスなのに、ネイマールがドリブル突破した場合、そのプレイはAIの予測を超えているといえるでしょう。
――サッカー戦術の採用にあたっては、強いチームの戦術を自分のチームに当てはめることが考えられます。しかし、戦術を当てはめるだけではうまくいかないことが多いようです。AIスポーツ解析が発達すれば、各チームに合った独自の戦術を考案できるようになるのでしょうか。
藤井:強いチームの戦術を自分のチームに当てはめる時、強いチームの選手と自分のチームの選手の能力的な違いが考慮されていないことがあります。そうした違いを無視して戦術だけ当てはめると、自分のチームに合わない戦術を採用してしまうことになりかねません。
AIスポーツ解析が発達すれば、チーム全体の能力を考慮したうえで、ある戦術を採用した場合のシミュレーションが可能になるかもしれません。そして、そうしたシミュレーションを用いて検証すれば、採用した戦術が自分のチームに合っているかどうか判断できるでしょう。
AI監督の可能性とその限界
――サッカーのAIスポーツ解析が進めば、グラディオラやモウリーニョを超えるAI監督を開発できるのでしょうか。
藤井:現在サッカーをはじめとしたスポーツ全般において、プレイの予測、評価、提案はすべての人間の頭脳を使って行っています。これらのタスクをAIによって実行することが、私たちが目指していることです。AIによって正確にプレイ予測などをできるようになれば、客観的なデータにもとづいて、ある局面における最善のプレイを提案できるようになります。
将棋AIがプロ棋士を凌駕することがすでに示されているので、優れたサッカー戦術提案AIが開発できれば、そのAIは並みの監督よりも最善のプレイを提案してくれるかもしれません。
しかし、経験のあるサッカー監督はデータとして計測できない部分を考慮した思考や判断を行い、選手を鼓舞するモチベーターの役割も担っているので、優れたサッカー戦術提案AIが開発できたとしても、そのAIがペップやモウリーニョを超えるのはまだ難しいと思います。戦術面はAIに任せて、人間の監督は選手のメンタルケアに専念するような役割分担が始まるという可能性は、十分あるでしょう。
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取材・文:吉本幸記
記事を書いた人

フリーランスライター
吉本幸記
『AI白書2022』『AI白書2023』に執筆協力。現代アート系の美術展を鑑賞するのが趣味。クリエイティブAIに関する記事を多数執筆している。
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